【神奈川県相模原市】「永保園長…!!シュリケンが作りたいです……」みんなと同じは苦手でも、活躍できる園がある
学校法人宗祐寺学園 田名幼稚園
- 食育
- 居場所
- お寺がある園
- 神奈川県相模原市
- 認定こども園
- 誰もが活躍できる
- 個性
- 自然豊か

手作りのピザを手渡す永保園長(右)
理事長兼園長 永保貴章
1974年11月25日生。田名幼稚園の理事長と園長、園に隣接しているお寺「宗祐寺」の住職を務めている。ほとんど休みなく、仕事に向き合い続けている永保園長の自分時間は“一人旅”。「今日は探さないで下さい」と、関係者には事前に連絡をした上で、デジタルデトックスも兼ねている。食べ物、風景、温泉など、行先の地ならではの楽しみ方でリフレッシュしているのだとか。
目次
“偏りなく教えること”を辞めました
僕の夢と君の夢【前編】
畑、あいてる。苗、買いに行く?
走り回る年少、気にしない年長
怒らない先生のヒミツ
僕の夢と君の夢【後編】
“偏りなく教えること”を辞めました
田名幼稚園の教育方針「全人格の発達を促す」は
昔から変わらぬ、永保園長の想いだ。
しかし、「昔の保育には反省があった」と振り返る。
以前、田名幼稚園では“偏りなく教える”という考えのもと、
園児の成長を促してきた。
幼稚園に求められがちな
躾やスキルの上達を重んじる考えである。
「やればできる!」と子どもを鼓舞し、
目標達成までの道のりに、必死に導こうとする先生たち。
そんな園の中で永保園長の目に映ったのは
“こぼれ落ちてしまう子”だった。
先生の「これやるよ!」という呼びかけに
ついていくだけでは意味がない。
指導を受ける心の準備が整わない子どもたち
先生の指導についてこない子どもたち
みんなと同じにできない子どもたち
そんな子どもたちは、厄介者なのか?
問いの答えを探す永保園長が求めたのは
「一人一人の意見を尊重できる保育」だった。
“保育を変える”ということには
反発がつきものだが、
永保園長は「先生たちはどんな保育がしたい?」
と、問い続けることをあきらめなかった。
説明には10年以上かけた。

水遊びを楽しむ園児たち
今、「一人一人の意見を尊重できる保育」を実践する
田名幼稚園の在り方を見て永保園長は言う。
「はみ出しっ子のほうが、実は、活躍できる場所があるということを知ってほしい。どんな子にでも居場所があることを伝えたかった」と。
僕の夢と君の夢【前編】
田名幼稚園の保育を象徴する、
実話を聞いてほしい。
ある男の子A君は、“みんなと同じ”が苦手だった。
お友達が教室で遊ぶ時も、
先生がお話をするときも、
じっとはしていられない。
そんな男の子が熱中できることは
……砂鉄採取。
磁石を使って、せっせと砂鉄集め。
でも、いつの間にか仲間のB君も増えていた。

砂鉄を採取した園児
ある日、B君は言った。
「先生、鉄で“シュリケン”を作りたい」
“シュリケン”を作るためには、
砂場にある砂鉄だけでは到底足りないし、
1300度の温度がないと加工できない…。
“夢を叶えるまでの道のり”は果てしないように感じられた。
「…相模線に乗って、海に行けばいいんだよ。そしたら、砂鉄が集められる」
普段はあまり話をしない、
別の男の子がつぶやいた。
電車が大好きなその子は、
時刻表を読み、海までの道のりと乗車料金を調べてきた。
数日後、園長先生の前に現れた
B君をはじめとする10名ほどの子どもたちは、
園児らしからぬお願いをする。
いや…もう十分、園児という枠からも、
保育のエピソードという枠からも、
“はみ出している”のだろう…。
記事後半にある「僕の夢と君の夢【後編】」に続く
畑、あいてる。苗、買いに行こ?
「育てて食べる。特に“食べること”を大切にしています」
と言いながら、永保園長はにやりとする。
田名幼稚園が力を入れている“食育”では、
「作ったものをその場で食べる」ことを重視している。

栽培した野菜を使ったピザをほおばる園児たち
「子どもたちにとって、活動の流れを感じ取ることは難しいことです」(永保園長)
育てた野菜を収穫し、料理を作って、食べるという
一連の流れの間に、時間を空けないことが、
“食育”における学びを最大化させると考えている。
とはいえ、食べ物を育てることには時間がかかるものだ。
まずは、畑を耕して土を作るところから始まるのが
“田名幼稚園流の食育”。

野菜に水をあげる園児
苗も子どもたちと一緒に買いに行く。
以前は先生たちが、
「トマトとナスの苗を買いに行こう!」と、声かけをしていたが
今では子どもたちの積極的な姿勢に押され
「畑あいてるから、苗買いに行こう!」に、変わった。
苗選びの主導権を勝ち取った子どもたちは、
作りやすさなんて気にしない。
「先生これ!」と、持ってきた苗は
“メロン”や“スイカ”
いざ、栽培を始めてみると
育てやすい夏野菜にはつかなかった大量の虫が、
葉について、実がなる前に枯れてしまう。
虫が食い荒らす葉をみて、
子どもたちは「失敗した」と下を向く…わけがない。
教室に戻って図鑑を広げ、食いしん坊の虫たちの名前を調べた。
そして、その虫が嫌いなものは何かを調べる。
園児の一人が家から“勝手に”持ってきた酢を使って
みんなで作った“オリジナル虫よけスプレー”。
永保園長は“食育”を続ける意味を
「食に対する興味を持ってほしいのはもちろんだが、成功体験を繰り返してほしい」からと説明する。
“食育”とは小さな成功体験を、積み上げる機会なのだと。
走り回る年少、気にしない年長
田名幼稚園に隣接する宗祐寺。
住職は永保園長だ。
「お寺が近くにあっていいことは、お寺を自由に使えること」という永保園長。
境内は子どもたちの遊び場となり、
春にはお寺の裏山でタケノコを掘る。
坂があれば、子どもたちにとってそれは
そり遊びの特設会場だ。

そり遊びを楽しむ園児たち
田名幼稚園には、お寺がある園ならではの保育もある。
年少の7月ごろから始まる
“お寺まいり”だ。
毎月一度、年少から年長の園児がお寺の本堂に集まり、
お釈迦様の前で正座をする時間。
永保園長によると、
「場に応じて、自らの考えで、行動を変える力を育む」
ことが目的という。
“お寺まいり”を始めてすぐのころは、
お寺の雰囲気に圧倒され、泣き出してしまう子や
初めての環境に好奇心が刺激され、
走り回ってしまう子どもたちもいる。
しかし、先生たちは「座らないとだめよ!」とは言わない。
その代わりに永保園長は
「見たいものがたくさんあるよね!全部見ておいで」と言う。
子どもたちは、
お寺の正面に立って眺めているだけでは見えない景色を
ただ、探し回っているだけ。
あちこちに走って落ち着かないのは、
「あそこには何があるんだろう?」の答え合わせをしているだけだ
と、考えている。
だから、先生たちはその子の気が済むまで待っている。
「でもね、回を重ねていくたびに、その時間の意味を理解して、自分で自分を律することができるようになってくるんですよ」
静かに座る子どもたちの姿を思い返しながら
語る永保園長の表情は朗らかだった。
2年たった、年長の7月にもなると、
年少が周りで走り回っていても気にしない…
ように頑張っているのだとか。
静かに正座をすることが、
「自分で考えて行動を選択する力」の第一歩となっている。
怒らない先生のヒミツ
「その子の行動の理由を考えてみてください」と、
先生たちには伝えています。
田名幼稚園の先生は怒ることをしない。
しかし、春になると卒園児が入学した地域の小学校から
「田名幼稚園の卒園児たちには、入学式で歩き回る子がいないですね」
と、風の便りが届く。
永保園長は、
「入学式で卒園児たちの様子を見た、他園出身の保護者からは、『どれだけ厳しい園だったのかしら』と恐れられていることでしょう」と、いたずらな笑みを浮かべていた。
子どもたちの行動の理由が分からないときが、
先生たちの腕の見せ所。

園児と遊び、笑顔をみせる先生
子どもたちが直近で感じた気持ちに
紐づけて考えるだけでは、
アプローチの方向を大きく間違えてしまう。
先生たちは
もっともっと、心の奥深くにあるものを探ろうと
悩むのだ。
普段の行動や、友達との関係、家庭の様子。
端緒を探して、見つけては、考える。
時には保護者と話し合い、
「その子にとって今、良くない状態なのであれば、どうすればよくなるのか。その着地点を見出す」と、永保園長。
「もちろん、危険なことや、お迎えに遅れてしまうようなことがあれば、注意することもありますが…」と添えた。
僕の夢と君の夢【後編】
記事前半の「僕の夢と君の夢【前編】」からの続き
永保園長のもとを訪れた
10名ほどの園児たち。
永保園長に頼みたかったこと。
それは…「バイトさせてください!」
「砂鉄を集めるために」
「大好きな電車に乗るために」
海まで向かう電車の
乗車賃が必要だったのだ。
「何をするの?」と聞く永保園長に
「先生のお手伝いをさせて!」と息巻く砂鉄集めのプロB君。
永保園長はそんなB君に、
「それは、当たり前だ。だけど、お給料というのは人の役に立った時にもらえるものだ。園の中で何かをするだけではいけない」
と、世の常を説く。
園児たちは、その日からしばらく
園の周りの道のごみを拾い、掃除していたという。

アルバイトでお金を貯める園児たち
それからまた数日後、
有志の園児10名ほどが
園を飛び出していった。
「砂鉄を集めるために」
「電車に乗るために」
それぞれの夢を叶えるため、
海へ向かったのだ。

海に向かう園児たち
「子どもたちは楽しいことに吸い寄せられていくもの。最後には、女の子たちも『しょうがないな~』なんて言いながら、片付けをしてくれていましたよ」と、永保園長は当時を振り返って笑う。
この夢は、鉄の一歩手前の形状“鉧(ケラ)”を生成したところで
卒園を迎え、終結した。

園児たちが生成した“鉧(ケラ)”
園児が“鉧(ケラ)”を作り出す、幼稚園。
それを許し、サポートする先生がいる幼稚園。
永保園長は言う。
「みんなで何かをするとき、目的や目標はみんな違っていい。『その人の力になりたい』と思っている子も、『最後まで見届けたい』と思っている子も、立派な“参加者”だ」

“鉧(ケラ)”の生成に参加した園児たち。砂鉄を加熱している様子を見守っている
今の社会は、みんなで同じことに取り組もうとするとき、
目標すらもそろえようとしがちだが、
好きなものも目標も違う園児たちは
“鉧(ケラ)”を作るという一連の流れの中で
それぞれの夢を叶えていた。
あなたは、“田名幼稚園”で
どんな夢を叶えたいと思いながら、
保育に励むのだろう?