【沖縄県嘉手納町・名護市】池原園長が語るキリスト栄光学院のお・も・て・な・し!園庭には活動着で園児と遊ぶ園長の姿
学校法人キリスト栄光学院 栄光幼稚園・名護栄光幼稚園
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- 先生は宝物
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池原基生園長
理事長兼園長 池原基生
1973年9月4日生。栄光幼稚園の卒園児で、年中のころの担任は今も同園で先生をしている。椅子にはいつも、おしりが半分しか乗っていない園児だった。なんでも1番になりたくて、いつでもスタートできる姿勢をとっていたという。「思い返してみれば、人の話はあんまり聞いていませんでした」と、当時を振り返って、はにかむ池原園長。7年ほど前から続けているブラジリアン柔術が現在の趣味。週に4回ほど通っているといい、退勤時間が近づくと、椅子の上にあるおしりは半分。ソワソワ、スタートの準備を始めているそう。
目次
神様を喜ばせる生き方
ありがとうござい“ます”
お店屋さんごっこ
先生は宝物
私たちのおもてなし
園長にしてくれたのは子どもたち
神様を喜ばせる生き方
キリスト栄光学院では、
「心育」「知育「体育」「食育」
という四つの教育目標が掲げられている。

キリスト栄光学院では心の教育を重要視している
その中でも1番大切にしているものが、全ての土台となる「心育」、心の教育である。しかし、池原園長は「私が心の成長を語れるような立派な人間ではない。だから指針が必要なのです」という。創立当初からキリスト教を信仰しているキリスト栄光学院の指針は“聖書”だ。
週に3回ある礼拝など、キリスト教教育が特色の一つである学院だが、先生や園児は必ずしもキリスト教を信仰しているわけではない。
各園での教育には他にも、体操や音楽遊び、字を書く学びなども取り入れている。しかし、「それは全て、心を育てるための方法でしかない」という池原園長。園児たちは、それらの学びを通して、できないことに挑戦したり、お友達を応援したり、仲間を支えたり、親に感謝したり……、そういう心を育んでいくのである。
そのための環境を整えるのが、先生たちの役割だ。園児にはそれぞれ、得意不得意や好き嫌い、1人1人の成長に合った環境がある。その子が「挑戦したい!」と思えるような環境づくりをすることこそ、先生の仕事なのだと、池原園長は教えてくれた。
「子どもたちには、自分のためだけに生きるのではなく、周りの人を喜ばせる人になってほしい」と願う池原園長は、「でもね……」と続ける。
「でもね、“周りの人を喜ばせる”という表現だけでは不十分なんです。残念なことではありますが、悪いことして喜ぶ人もいるから。だから、絶対的善とされている“神様”を喜ばせる生き方をしてほしいと思っています」
そして、それを願うのは“園児たちへ”だけではない。「自分もそうでありたいし、先生たちにもそうであってほしい」とほほ笑んでいた。
ありがとうございます
「キリスト栄光学院では感謝の気持ちを伝えるとき『ありがとうございました』を使わない。必ず『ありがとうございます』と、現在形で伝えるようにしています。過去のことに対してお礼を言うときでも『ありがとうございます』を使います」(池原園長)
その理由を池原園長は次のように語る。「感謝の気持ちに過去形はないと考えているからです。いつまでも感謝の気持ちを現在形で持ち続けるようにしています」
そんなキリスト栄光学院では、毎年11月ごろに“感謝祭”そして“感謝訪問”というイベントを開催する。キリスト教徒が神の恵みに感謝するために祝ったことが由来とされるサンクスギビング(感謝祭)の時期に合わせて行い、当日は園児たちが2~3個の果物をもって登園する。

感謝祭で集まった果物
持ち寄った果物を一か所に並べて、池原園長は子どもたちに語りかける。「ここにはリンゴがありますね!でも、これは全部同じリンゴでしょうか?“ふじ”や“王林”、いろいろな種類がありますね」。こうして、園児たちは果物の名前を覚えていく。
さらに、池原園長は「これらのフルーツは全部神様からの恵み、プレゼントです。そしてそのプレゼントがみんなのところに来るまでに、畑でお世話をしてくれる人や、収穫したフルーツを運んできてくれる人がいます。神様とたくさんの人の働きに感謝しましょう。そして世界中には食べたくても食べられない、飢餓に苦しむ人たちもいます。神様からのプレゼントである食べ物を大切に、感謝していただきましょう」と園児に伝え、心育と食育を促すのである。

消防士さんに感謝を伝える園児
それを知った子どもたちは、班に分かれて園を飛び出す。感謝祭で捧げた果物を持って、実際に感謝を伝えに行くのだ。街の病院や郵便局、警察署、消防署、給食を作ってくれる調理室、聖書のお話をしてくださる教会。「ありがとうございます!」と声を揃えて伝え、果物をプレゼントするのである。
2025年で54回目を迎える、感謝訪問。池原園長も園児のころに、郵便局に果物を持って行った記憶があるという。

病院を訪問し、感謝を伝える園児
池原園長は、「人は1人で生きているわけではなく、多くの人に支えられていることに気づいてほしい」と長く続く感謝祭の狙いを語る。そして、「支えてくれている人たちに、感謝できる人でいてほしい」と園児の成長に思いをはせていた。
お店屋さんごっこ
“お店屋さんごっこ”
子どもたちが憧れの○○屋さんに姿を変えてなりきり、接客などを真似る遊びのことだ。読者の皆さまにも、子どものころ遊んでいた覚えがあるかもしれない。

アイスクリーム屋さんを開店した園児
しかし、キリスト栄光学院で年に一度開店する“お店屋さんごっこ”は、もはや“ごっこ”の域を超えている。
“お店屋さんごっこ”では年中、年少・満3歳児が、段ボールや画用紙、毛糸などで作った商品を、他の学年の園児や先生たちに売る。出店したい店は、子どもたちが話し合いをして決め、商品や小道具を作るのも子どもたち。

お店屋さんごっこの様子
2025年、栄光幼稚園の“お店屋さんごっこ”では、年少児みんなで“回転ずし”を開店することに。準備期間中、年少クラスの先生から池原園長に、こんな申し出があった。
「本物を見たほうが園児たちのイメージがわいて、良い店が作れると思うんです!」
池原園長は、その想いに同意だった。しかし「生の食品を扱うお店に、たくさんの子どもたちが押しかけるということだけでも、難しい交渉だ……」と、思っていた。
そんな心配とは裏腹に、園の近くにある、スシロー北谷店も先生の想いに同意してくれた。
約50人の園児が営業時間前に店を訪れ、本物の回転ずし屋さんから、その極意を学んだ。迎えた“お店屋さんごっこ”当日、年少児の回転ずし屋は、本物さながらの盛況ぶりだった。

本物さながらの回転ずし屋さん
池原園長は「本当に見学させてもらえるとは思っていなかった!良い経験をさせてもらえてよかった」と、当時の驚きと喜びを思い返していた。
また、お店屋さんの開店同日、年長児は本物の食品を扱った“レストランごっこ”をする。ホットプレートなどの熱さを感じて、キッチンに立つお母さんの大変さを知り、料理を作ってくれる人や、食べ物に感謝する気持ちを持ってほしいという狙いがある。

レストランごっこの様子
「でも!楽しいと感じてもらうことが1番!」と池原園長は、笑顔で教えてくれた。
先生は宝物
「先生たちがやりたいと思うことは、全部やってもらいたい。できるようにしたい」という池原園長は、園の先生のことを“宝”と表現する。学院の方針から大きく外れた要望があれば、止めることもありえるというが、「先生は子どもを大切に思っている人たちだから、そんなことは、起こりえない」と誇らしげに語る。

職員室で話す先生の様子
ただ一つ、先生に求めているのは、子どもたちに教えることを、自分たちも実践するということ。「あいさつをしよう!」「返事をしよう!」と園児に教えるのであれば、先生たちも元気なあいさつをして、大きな返事をしてほしい。「そういったことを、期待以上にやってくれるのがうちの先生たちなんですよ」と、笑う池原園長の表情からも、園内に広がる温かな空気が感じられた。
池原園長は「先生たちがやりたいことは全部」と言うが、“全部”とはどれほどか?気になって尋ねてみた。
『今までにあった先生からのお願いで、許可はしたけど悩んだものはありましたか?』
「そうですね…。基本的には許可をしているんですが…あ!一つ、先生の想像力に驚かされたものがありました」。そう言って、池原園長は当時を思い出すように口を開いた。

団らんする先生たち
2024年の運動会準備期間のころ。ある先生から、提案があった。
「園長先生!綱引き中に、ドラゴンボールを七つ集めて、竜を呼び出して戦うのはどうでしょう?」
「?」。池原園長の頭にははてなが浮かんだが、よくよく聞いてみると、綱引きにストーリー性を持たせ、園児の全力を引き出すような工夫がなされている。「それにしても、凄い発想力だなと感心しました」と笑う池原園長。
運動会当日、園児たちは先生たちと綱引きで戦って大敗する。園児たちは勝利を掴むために会場や客席に隠されたドラゴンボールを七つ探し出した。すると、どこからともなく現れる巨大な竜。その力で、園児たちは今度こそ、綱引きで勝利を収めるのだ。
「先生たちの発想力と実現する力には、驚かされます」と、池原園長は何度も尊敬の言葉を口にしていた。
私たちのおもてなし
子どもたちは、様々な経験をする中で学びを得て、成長していく。キリスト栄光学院では、先生たちとの関わりも、子どもたちの経験の一つであると考えている。だから、学院の先生には男性も女性も、若手もベテランも、障害の有無も、それぞれ異なるいろいろな先生たちがいる。

発表会でピアノを弾く男性の先生
もちろん、沖縄県以外の出身の先生も在籍。現在までに大阪府や千葉県、福岡県、京都府、石川県などからの、Iターン就職を果たした先生がいる。多くの先生は「沖縄県で働きたい!」という想いから、Iターンを決めているそうだ。そんな、沖縄県が人一倍好きな先生たちでも驚く、県の特徴は“強い日差し”と“予想以上の台風”とのこと。一方で、“透き通る海”や“世話好きで温かな県民性”、“家賃が安く広い家”など、魅力は尽きない。「ぜひ、沖縄での就職もご検討ください!」
しかし、公共交通機関があまり発達していない沖縄県での就職活動は、そもそも空港や宿泊先から園に移動することが一苦労……。そのため、沖縄県の幼稚園連合会ではしばしば、県内の複数の園を巡り、まとめて施設見学ができるプログラムを実施しているという。
そのプログラムについて、池原園長が教えてくれる際、いくつか気になるワードが飛び出してきた。
「事務の先生が、(参加者を)空港まで迎えに行ったこともありましたね!」
「うちの教会にある部屋を宿泊場所として貸し出したこともありました」
土日を挟む日程となった時は、『沖縄県で1人で遊ばせるなんてかわいそう!』と、「園の先生が参加者を連れて一緒に水族館に行っていたこともありましたね」

発表会を裏側から支える先生たち
参加者たちは、キリスト栄光学院ではない他の園も見学する。故に、この学院に就職すると決めて参加している人が多いわけでもない。もちろん「公平な目で見てくださいね」と、池原園長から参加者にも伝えている。ではなぜ、そこまでするのか?池原園長は、迷いなく「沖縄の保育者が増えてほしいからです」と答えた。
そんなキリスト栄光学院の“おもてなしの心”に引き寄せられた出会いがあるのも、また事実だ。

園児と遊ぶ先生
ある年、小学生の息子をもつシングルマザーの女性が複数の園を巡るプログラムに参加し、園の見学に訪れたことがあった。一通りの見学を終えたのち、担当した先生と参加者が話をしていた。漏れ聞こえる声に耳を傾けると……「お子さんを学童に預けるのであれば、あそこがいいかもしれない!こっちは、入れないかもしれないね……」
担当した先生にもお子さんがおり、同じ母親として、参加者の気持ちに寄り添っていた。
その時間はたった10分、15分程度のことだった。しかし、その参加者は複数の園を巡ってプログラムを終えた後、再び、キリスト栄光学院を訪れた。『もう少し、お話を聞かせてもらえませんか?』
ご縁に導かれた参加者は、現在では学院の先生となり、仲間になっている。
息子の小学校が夏休みなどに入ると、一緒に登園することもあり、他の先生たちは「自由研究どうするの?」などと聞く「これはどう?」「いいじゃん!いいじゃん!」などと案を出し合って始めた自由研究が、入賞したこともあったという。
そんなエピソードを聞き、『なんだか家族みたいですね』とつぶやく私に、「本当にそうですね」と、優しい笑顔で応えてくれた池原園長。柔らかく、温かな雰囲気で一家を包み包み込んでいるようだった。
園長にしてくれたのは子どもたち
「私は次男だから、家業を継ぐことなんて考えていなかったんです」。そう思っていた池原園長は、大学を卒業してからシステムエンジニアとして活躍していた。
園に入ったのは、池原園長が33歳のころ。当時はまだ「ずっと園長をやるとも思っていなかったし、もしだめなら、プログラミングの世界に戻ればいいと思っていた」と、振り返る。
しかし、園児たちはいつも100%で向かってくる。そんな子どもたちに、「いい加減なところを見せてはいけない。こんな自分でもお手本になりたい。清く正しくありたい」、そう感じるようになった。

園児と遊ぶ池原園長
池原園長に、“園長”になる覚悟や勇気をくれたのは園児なのかもしれない。そんな園児の中の1人だった男の子の話を聞いた。
2歳児クラスからの入園を考えていた男の子がいた。面談のために初めて園を訪れた際、お母さんは「この子、もうすぐ2歳になるのに歩けないんです……」と、不安を吐露していた。「そうなんですね。早く歩けるようになるといいですね」と、入園を許可した池原園長。しかし、入園式当日、その子は初めて歩いて見せたという。
そんな強烈な出会いから始まる男の子とのエピソード。その後もその子はゆっくり、確かに成長していた。そんな姿を見守り続けていた池原園長は「素直でまっすぐなんです。何にでも挑戦しようという気持ちが強いから、こちらのほうが心配でヒヤッとしてしまうくらい」と笑いながら話を続けた。

園児とお弁当を食べる池原園長
キリスト栄光学院では卒園前最後の発表会で、年長児全員が7段の跳び箱を跳ぶ。発表会の当日、先生やお友達、保護者が見守る中、男の子は超えられなかった。何度も何度も挑戦した。全力で走り、強く踏み台を蹴って、7段の跳び箱に向かっていった。でも、その壁は高かった。
発表会は幕閉めとなった。
段々と暗くなる舞台とは裏腹に、男の子の担任の心は燃えていた。男の子の素直で全力な姿に、胸を打たれたのであろう。担任は園長に向かって宣言していた。「卒園まであと、2か月あります!あの子は絶対に跳べる!」
それから、少し経ったある日のこと、いつものようにお迎えにきた男の子のお母さんを、先生たちが園舎の中にご案内した。
同じクラスの園児が揃う、視線の先にいるのは7段の跳び箱と男の子だった。
発表者1名だけの、特別な発表会だった。
先生やお友達、お母さんが見守る中で、男の子は超えた。つい先日までは高すぎると思ったその壁を越えて見せたのだ。

園児の中心で笑顔を見せる池原園長
現在、池原園長は園での毎日を活動着とジャージで過ごしている。子どもたちの全力に応えられるようにするために。朝の体操も園児と一緒に行う。「子どもたちが、私のことを園長にしてくれました」。そう言って笑う池原園長は、たくさんの子どもたちに背中を押されて、園長人生を歩んできたのだろう。